本質を見抜くには時間がかかる

その物が持つ本質を見極め、懐古主義やらミーハーと言われようとも、己が良きものと信じたものに自信を持って行きたいものであるが、目移りばかりしがちな自分にとってはどうしてなかなか難しいものである。

少々批判否定的な意見になるかもしれないが吐き出させていただく。
様々な分野で今の世に出されているものと、俺自身が子供だった時代に出されているものとで違っていると感じる代表的なものは枠という要素だと感じている。
漫画は作画デザインと物語が二番煎じか似たり寄ったり、あとは打ち切り回避するのか、打ち切りのタイミングに合わせた物語展開を目指した為か短い枠内での短絡的なアップダウンの繰り返しがよくある。
アニメは予算枠。コスト削減に伴う人件費削減が影響しているせいかはわからないが、動画というより、もはや静止画の連続表示的な作品が目に付く。
音楽は形式ばった歌声とその枠を外れよわうと刃向かった成れの果て。
一線を超えたところに新たな境地があるのは上記の要素に止まる話ではないはずだ。
と、簿記の説明の中で過去と今とでの違いについて話されている中で考えていたりしてました。
でも、仰るとおり、自動化、言わばタスクのブラックボックス化が進む中で人の論理思考力の欠如の懸念は納得だ。
自動化やシステム化において、何をどのように自動化するのかを明確にしないと、元の処理が分からないうえ、何だっけ・・・。

全然関係のない話だが、寝顔は口を開けると残念になる。